お米券批判の本質は、自治体の給付方式そのものにある
2025年12月、物価高騰対策として全国の自治体が展開した支援策は、表向きは「住民支援」だが、裏側では深刻な問題が露呈した。
お米券、商品券、紙クーポン、独自ポイント。
どれも住民に届く金額より、事務経費のほうが高いという本末転倒が続いた。
お米券だけが批判されがちだが、問題の本質はそこではない。
自治体の給付方式そのものが、構造的に高コストで非効率という点にある。
1. 紙クーポン方式は「制度として破綻」している
自治体の監査資料を追うと、紙クーポン方式のコストは驚くほど高い。
- 印刷
- 封入
- 郵送
- 事務委託
- 店舗側の換金手数料
- 不正防止のチェック
これらが積み重なり、1世帯あたり500〜1,500円の経費が発生する例が珍しくない。
給付額が5,000円なら、1〜3割が経費で消える計算になる。
もはや「支援」ではなく「事務作業のための支出」だ。
2. 銀行振込は安いが、自治体は最安の仕組みを使えていない
自治体の総合振込契約では、1件あたり30〜120円が相場だ。
- 同一銀行宛は安い(30〜60円)
- 他行宛は高い(90〜120円)
- 大量振込契約のため個人より安い
- 銀行ごとの入札で単価が決まる
国の振込は“原価レベル”で処理されている
全銀ネットが公表する「内国為替制度運営費」は、銀行が振込処理のために負担する原価に相当する。
自治体は2024年10月以降、この原価として 1件62円 を負担することになった。
一方、国は国税還付、年金支給、補助金、給与など振込は年間数億件規模に達する。
この規模で国が銀行と契約すれば、1件あたりの実質負担は自治体より桁違いに低くなる。
3. 国税還付は年間1,300万人規模で処理されている
国税庁の統計から推計すると、国税還付を受ける人数は年間1,300万〜1,400万人規模に達する。
- 確定申告者:2,324万人
- うち還付申告者:55〜60%
→ 約1,300万人
日本の人口の1割以上が毎年還付を受けている計算だ。
この規模の振込を処理するため、国は日銀オンライン+全銀システムを使い、最も効率的な大口処理方式で振込を行っている。自治体のように、銀行と個別契約で30〜120円を支払う構造とは根本的に異なる。
4. なぜ国の振込単価は「数円〜十数円」と推計できるのか
国の振込単価は公表されていないが、制度構造から次のことが確実に言える。
● ① 全銀システムの原価(62円)は「銀行全体での分担額」
自治体は「1自治体」という小規模単位で負担するため62円になるが、国は年間数億件の振込を行う最大の利用者であり、1件あたりの負担は数円レベルに薄まる。
● ② 国の振込は「包括契約」で処理される
国庫金、年金、税還付、補助金、給与などは、自治体のような「1件いくら」の契約ではなく、包括的な処理費用として扱われる。
国の振込は日銀オンライン+全銀システムで効率化されている。国税還付は日銀オンラインで処理され、 銀行側の負担は自治体の振込よりもはるかに低い。
● ③ 金融機関の実務者は「自治体の1/10〜1/20」と説明している
自治体の振込単価(30〜120円)と比較して、国の振込は桁違いに安いというのが業界の常識だ。
これらを総合すると、国の振込単価は数円〜十数円レベルに収まると推計できる。
5. 公金受取口座は「最適解に近いが、まだ不完全」
公金受取口座は、給付事務を効率化するための合理的な制度だ。
- 口座確認が不要
- 通帳コピーが不要
- 振込不能が激減
- 給付スピードが向上
- 人件費が大幅削減
しかし、現実はこうだ。
- 登録率が十分ではない
- 高齢者層の登録が進まない
- 自治体システムが未対応
- ベンダー改修費が重い
- 国の通知が制度ごとにバラバラ
制度は合理的なのに、運用が非合理という典型例だ。
6. 児童手当・年金受取口座、国税還付等を含む「既存の巨大インフラ」は現行制度で最も合理的
児童手当口座は、現行制度の中では最も効率的な給付方式のひとつだ。 すでに全ての子育て世帯が登録済みで、毎月の支給に使われているため口座の正確性が高い。 システムも整備されており、追加コストはほぼゼロ。振込不能もほとんど発生しない。
ただし、対象は子育て世帯に限定されるという弱点がある。
しかし、同じ構造を持つ口座がもうひとつ存在する。 年金受取口座だ。
年金受取口座は、国がすでに全受給者の口座を把握しており、こちらも毎月の支給で常に最新の状態が保たれている。 変更届が義務化されているため、口座の正確性は極めて高い。振込不能はほぼゼロで、システムも国レベルで整備済み。 児童手当口座がカバーできない高齢者層を完全に補完する。
さらに、国が把握している安定した振込口座はこれだけではない。 国税還付、雇用保険、障害年金、児童扶養手当など、国や自治体が毎年・毎月の給付に使っている口座は膨大な規模に達する。
■ 国が把握している「安定した振込口座」の規模感
| 制度 | 年間の対象人数(延べ) | 特徴 |
|---|---|---|
| 児童手当口座 | 数百万人(対象児童は1,000万人超) | 子育て世帯を広くカバー |
| 年金受取口座(老齢・遺族・障害) | 3,000万〜3,500万人 | 高齢者層を完全にカバー |
| 国税還付の振込口座 | 約1,300万〜1,400万人 | 働く世代の大部分をカバー |
| 雇用保険(失業給付) | 数百万人 | 労働市場の広い層 |
| 障害年金 | 数百万人 | 障害者層 |
これらを合算すると、延べベースでは 年間5,000万〜6,000万件規模の振込口座がすでに国や自治体に登録されている。 重複を差し引いても、ユニーク人数としては 日本の有権者〜総人口に近いレベルに達する。
つまり、 日本のほぼ全人口が、すでに国または自治体に“安定した振込口座”を登録済み ということになる。
■ 既存のインフラを使えば、給付金配布は本来もっと安くできる
児童手当口座と年金受取口座だけでも人口の大部分をカバーできるうえ、 国税還付・雇用保険・障害年金などの口座を加えれば、 給付金の対象となるほぼすべての層を網羅できる。
本来なら、自治体の給付金配布はこれら既存の口座インフラを最大限活用することで、 紙クーポンや申請方式より圧倒的に低コストで実施できるはずだ。
にもかかわらず、自治体は制度の縦割りやシステムの壁に阻まれ、 毎回「口座提出」「紙申請」「通帳コピー」「クーポン印刷・郵送」といった高コストな手法を繰り返している。
7. 本当に最も効率的な公金配布とは何か
■ 最適解
国の大口振込方式(国税還付と同じ構造)を使い、自治体の給付も国が一括処理する仕組みを構築すること。
これが実現すれば、振込単価は数円〜十数円に収まり、紙クーポン方式のような「1,000円の経費で5,000円を配る」ような愚行は消える。
■ 次善策
マイナンバーカードに紐づけた公金受取口座の全面活用。
■ 現行制度での最適解
国が把握している「安定した振込口座」(児童手当口座等)の流用。
8. 行政の縦割りが生む「無駄の温床」
問題の核心は、制度の不備ではなく、行政の構造にある。
- 国と自治体の会計システムが分離
- 金融機関との契約主体が別
- 給付事務の責任が分断
- ベンダー依存のシステム構造
- 新制度への移行を嫌う現場文化
この縦割り構造が、
「最も安い仕組みを使えない」
「合理的な制度が普及しない」
「高コストな給付方式が温存される」
という悪循環を生んでいる。
