2025年9月、ロシア製無人機がNATO加盟国の領空を相次いで侵犯した。ポーランドでは最大23機、ルーマニアでは1機。いずれもウクライナ攻撃の延長線上で起きたが、標的は軍事施設ではなく、NATOの結束そのものだった。
時系列で見るロシア無人機によるNATO領空侵犯
ポーランド領空侵犯(2025年9月9日〜10日)
・開始日時:2025年9月9日(火)23時30分(中央ヨーロッパ夏時間)
・侵入機数:推定19〜23機
・撃墜数:少なくとも8機(主にオランダ空軍のF-35による)
・被害:墜落時、民家の屋根が破壊された。ワルシャワの主要空港4か所が一時閉鎖
・対応:ポーランド政府がNATO条約第4条を発動。複数のNATO加盟国が迎撃に参加
ルーマニア領空侵犯(2025年9月14日)
・侵入日時:2025年9月14日(土)夜間(ルーマニア現地時間)
・滞空時間:約50分間
・侵入距離:約10km
・侵入機数と種類:1機。ロシア製攻撃型無人機「シャヘド-136(Geran-2)」と特定
・対応:F-16戦闘機が追尾。撃墜許可はあったが、民間被害の懸念から発砲せず
ゲルベラとシャヘド-136(Geran-2)の使用状況
ポーランドでは、ゲルベラ(囮機体)とシャヘド-136(攻撃型=爆薬搭載可)が混在。
ゲルベラは発泡スチロール製で弾頭なし。防空網を撹乱し、シャヘドの通過を支援する目的で投入された。撃墜された機体の多くはシャヘド-136(ロシア名:Geran-2)とされる。
ルーマニアでは、侵入した1機がシャヘド-136(ロシア名:Geran-2)と特定されている。
シャヘド-136(Geran-2)の攻撃能力・性能と被害規模
・航続距離:通常型は最大2,500km、改良型は650〜1,000km(改良型は弾頭重量、精度は向上しているが航続距離は減少)
・弾頭重量:通常型は約40〜50kg、改良型は約60〜90kg
・命中精度:通常型はCEP約30m、改良型は約10〜15m
・誘導方式:GPSによる事前プログラム型
・運用形態:単発または群体(swarm)での同時投入
・価格:300万円(約2万ドル)
被害事例:
・2023年:キーウで集合住宅に命中、死者4名
・2024年:オデーサの変電所破壊、都市全域が停電
・2025年:ドネツクで軍用トラックに命中、兵士12名死亡
・2025年:ポーランド領空侵犯時、民家の屋根が破壊
爆風と破片は半径30〜50mに及び、都市部では二次被害も深刻。安価な兵器で戦略的打撃を与えられる。
迎撃装置とコスト構造
・NASAMS(中高度防空ミサイルシステム):本体価格約50億円、一発の迎撃コスト約7,500万円
・ゲパルト自走対空砲(対空戦車):本体価格約22億円、弾薬は数十万〜数百万円
・スティンガー(携帯式防空ミサイルシステム):本体価格約720万円、弾薬と一体
ロシアの無人機が数十万円〜300万円であるのに対し、迎撃側は数千万円〜億単位の装備を使用。
ロシアの狙い:ウクライナ支援の分断と制度疲弊
・領空侵犯によってNATO加盟国の民間施設が損傷すれば、「ウクライナ支援の副作用」という印象が広がる
・各国の世論は「なぜ我々が巻き込まれるのか」「防空費が増えるのはウクライナのせいでは?」というウクライナ支援が疑念に傾く可能性がある
・周辺国が迎撃体制を構築すれば、防衛予算の増加と社会保障とのトレードオフが生じ、国内世論の分裂を誘発する
・ロシアは、安価な無人機で西側の制度設計を疲弊させ、ウクライナ支援への熱意を冷却させることを狙っている
グレーゾーン戦術とは何か – CSISの分析を踏まえて
ロシアが展開する「グレーゾーン戦術」は、戦争と平時の間の曖昧な領域で行われる挑発行為。米国のCSIS(戦略国際問題研究所)による2025年9月の分析では、ロシアの無人機・ミサイルによる「サルボ戦略」が、まさにこのグレーゾーン戦術の中核をなすとされている。
・否認:「誤作動」「第三者の仕業」と主張
・段階的エスカレーション:挑発を徐々に強化し、相手の反応を観察
・法的曖昧性:国際法のグレーを突く。武力攻撃と断定しにくい
・心理的揺さぶり:世論や同盟関係に不安を与える。NATOの結束を試す「テスト飛行」
この戦術は、単なる軍事行動ではなく、制度設計と国際秩序の耐久性を試す政治的・戦略的挑発である。
もし、ロシアがNATO領土内に攻撃をしてしまった場合、NATO条約第5条(集団的自衛権)の発動が現実味を帯びる。加盟国の領土が武力攻撃を受けたと認定されれば、他の加盟国は「共通の防衛義務」を負うことになる。特に米国・英国・ポーランドなどは即時反応する可能性が高く、ロシアとの直接的な軍事衝突に発展する恐れがあり、それは、ロシアにとっても避けたい事態だろう。
以下は、CSIS(戦略国際問題研究所)が2025年9月9日に発表した分析記事「Russia’s Massed Strikes: The Strategy of Coercion by Salvo」の要約である。
ロシアの「サルボ戦略」とは何か
ロシアは2025年9月7〜8日に、戦争開始以来最大規模の空爆をウクライナに対して実施。800発以上の兵器(主にシャヘド無人機、一部巡航・弾道ミサイル)を一斉に発射し、キーウを含む複数地域に甚大な被害を与えた。これは「サルボ(salvo)戦略」と呼ばれる、大量・同時・継続的な火力投射による懲罰的圧力の一環である。
サルボ戦略の特徴
- 2種類の攻撃パターン:日常的な小規模攻撃(routine strikes)と、大規模な一斉攻撃(salvos)を使い分ける
- 頻度と規模の増加:2022年は月1回・約100発だったが、2025年には8日に1回・平均370発に増加
- 目的:ウクライナの防空網を飽和させ、国民の士気を削ぎ、西側支援国の持続意志を揺さぶる
政治的タイミングとの連動
- ロシアはサルボの頻度と規模を外交交渉のタイミングに合わせて調整している
- 例:2025年7月は6,300発の兵器を使用したが、2025年8月のトランプ大統領との交渉期間中は3,300発に減少
- 交渉中は大規模攻撃を控え、国際的非難を避ける一方、交渉終了後には即座に最大規模の攻撃を再開
成果と限界
- 迎撃率:約85%の兵器が撃墜されており、物理的な破壊効果は限定的
- 心理的効果:空襲警報・爆発音・夜間の緊張が市民の精神を疲弊させる
- 戦術の進化:シャヘドの命中率は10%未満から20%近くに向上。飛行高度や群体運用の工夫で迎撃困難化
西側の対応提言
ロシアのサルボ戦略は、物理的破壊よりも心理的・制度的疲弊を狙った戦略的圧力である。西側諸国は、これを単なる軍事行動ではなく、交渉・世論・制度設計を揺さぶる複合的戦術として認識し、対応を検討する必要がある。
- 単なる外交では不十分。空域の警戒・防空体制の強化が不可欠
- 高出力レーザー・マイクロ波兵器などの新技術の導入が急務
- 米国は長時間滞空型ドローン(MQ-9、RQ-4)の供与を進めるべき
- ウクライナのAI連動型防空システムや音響ネットワークの活用も有望
今後予想されるNATO加盟国の領空に対するロシアの動向
ロシアは、NATOとの直接衝突を避けつつも、制度設計や世論の耐久性を試す戦略的挑発を継続すると見られる。以下は、今後の展開として予想される主要な動向である。
まず、挑発の常態化が進む可能性が高い。ポーランドやルーマニアへの無人機侵入は単発的な事件ではなく、週次レベルで繰り返される「制度試験」として定着する恐れがある。これにより、防空網の疲弊と迎撃資源の消耗が慢性化し、各国の防衛予算に継続的な圧力がかかる。
次に、囮と本命の分離戦術がさらに洗練されると考えられる。ゲルベラのような弾頭を持たない囮機体によって防空網を撹乱し、その隙を突いてシャヘド-136(Geran-2)による“侵入試験”を実施する手法は、迎撃側の制度設計の限界を突く非対称戦術として機能している。攻撃ではなく侵犯に留めることで、ロシアは軍事的リスクを抑えつつ、戦略的圧力を継続できる。
さらに、外交的分断の試みも強まるだろう。米国と欧州諸国の間には、ウクライナ支援に対する温度差や防衛負担の認識ギャップが存在しており、ロシアはこれを巧みに利用してNATO内部の亀裂を広げようとしている。領空侵犯が続けば、各国の世論は「なぜ我々が巻き込まれるのか」という疑念を抱き、支援疲れが加速する可能性がある。
最後に、ロシアは、中国・インドとの連携強化が地政学的な後押しとなる。2025年9月に開催された天津サミットでは、ロシア・中国・インドが経済・外交面での協調姿勢を鮮明にした。この枠組みを背景に、ロシアは国際的孤立を回避しつつ、さらなる軍事的活動や挑発行動に踏み切る余地を広げている。
参照元
CNN(2025年9月10日) Putin has put NATO on the spot with the Russian drone incursion in Poland. What comes next? https://edition.cnn.com/2025/09/10/europe/putin-nato-poland-what-comes-next-intl
CNN(2025年9月12日) NATO launches Operation Eastern Sentry after Russian drone incursions in Poland and Romania https://edition.cnn.com/2025/09/12/world/nato-operation-eastern-sentry-russia-poland-latam-intl
CNN(2025年9月14日) Romania condemns ‘irresponsible’ Moscow after Russian drone breaches its airspace https://edition.cnn.com/2025/09/14/europe/russia-drone-romanian-airspace-intl
CSIS(2025年9月) Russia’s Massed Strikes: The Strategy of Coercion by Salvo https://www.csis.org/analysis/russias-massed-strikes-strategy-coercion-salvo